unico-ptrasudのブログ

遊びをせんとや生まれけむ

9/28 日曜日の歩く会


夕ごはん


牛肉きんぴら

大根と銀杏の煮もの

リンゴのサラダ

キュウリの塩昆布和え

しぼり漬け沢庵


あまり活動しないと地味めなおかずになる、みたい



昨日は夕方6時に寝て、今朝5時まで、11時間も爆睡してしまった


疲れがたまっていたのかなぁ😅



今朝のお弁当🍱


ほとんど昨日の夕ごはんから↓↓

鶏胸肉とサツマイモの甘辛炒め

トマトと卵の炒めもの

キャベツ、キュウリ、ちくわのポン酢和え




さてさて、ずいぶん時間がたってしまったけれど、日曜日の歩く会、新発田街歩きのご報告



新発田駅前広場に集合、のはずが、


急遽ドクターヘリが着陸して、

脇の歩道に変更


総勢31名で出発した


今回初めて班長に任ぜられ、

会費を集めたり、点呼をしたりと忙しかった


ちなみに新発田(しばた)の名前の由来は諸説あるが、【新しく開発された田】の開が抜けたもの、というのが有力らしい



新発田藩の城下町として栄えた市街地は新発田城を代表とする歴史的建築物が多数あり、今も城下町当時の区割りや道、新発田川などの水路がかつての姿をとどめている


明治から戦前にかけては軍都として、戦後は県北部の商業都市として発展した



さて、歩く会で最初に訪れたのは、


「蔵春閣」


こちらは、新発田出身の実業家、大倉喜八郎の東京、向島の別邸を移築したもの


当時は、渋沢栄一等政財界の大物や海外からの賓客をもてなす迎賓館の役割を担っていた建物



大倉喜八郎は、明治6年大倉組商会を設立し、ヨーロッパをはじめ世界各国との直貿易に進出


わが国における世界貿易の先駆となった


大倉組商会は後に大成建設となり、創業者・大倉喜八郎の戒名「大成院殿礼本超邁鶴翁大居士」にちなんで名づけられたそう



で、蔵春閣に入ると、


まず、玄関の竹で編まれた高い天井に目がいく




食堂は、天井も欄間も和風なのに、意外とシャンデリアが似合っている

このシャンデリアは水晶でできていて、ドイツ大使から贈られたイタリア製だって👀


(ややこしいね~😅)



写真は失敗したけど、

襖は狩野山楽の筆と言われている


面白いのは、この建物は背が高く普通の襖絵では尺が足りないので、下に大倉氏の奥方の銀地の帯がたされていること



至るところに狩野派はじめ名画が飾られているのは、明治の廃藩置県で士族が失業して美術品がいっきに売りに出され、海外流出から守ろうと大倉氏が購入したのだそう



それでは、2階へ🎵



大正ガラスの嵌った窓はゆらぎが美しい


スマホのカメラでは写せず残念😓

昔、この窓からは隅田川が見えたそう



大広間の突き当りは月見台


ここの天井もすばらしい


廊下には、


大理石のモザイクが5枚はめ込まれていて、

1枚700キログラム👀


移築の際は、天井をはめる前にクレーン゙で吊り上げて入れたとか



移築の際に新しくつけられたのは、

新発田は雪が多いので、重さに耐えられるように、H鋼が組み込まれている


ちなみに移築は大成建設が行った




月見台の手すりには、

酒宴を彷彿とさせるコップの跡なんかが残っていて…


当時の様子を想像するのは面白かった♥




その後新発田城、自衛隊駐屯地に行ったのですが、続きは明日にしますね~🙋